2012年 09月 30日 ( 1 )

善き思い

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野菜や食材をたくさん買い込んだ日に限って,

お決まりのように実家から大量の野菜が届く。



長野の実家で野菜を作っているわけではなくて、

母の実家、つまり、おばさんが作ってくれた野菜。

母は、兼業農家だった祖父母の大変さを幼い頃から見ていたせいか、

物心ついたときから、

農家のお嫁さんにはならないと決めていたそう。



だけど、私は小さなときから、その母の実家で過ごすことが多くて、

育ての親は祖父母だと思っている。

かなり影響を受けたと思う。いい意味で。

私の祖父母は大正生まれ。

ある人に言わせると、一番良い時代の日本に生まれた世代らしい。

美しくて本物がたくさんあった時代。



祖母は今年、96才。

足の骨を骨折したことをきっかけに歩けなくなり、

今は本家から引き取って母が面倒を見ている。


おばあちゃんは、歩けないだけでとてもしっかりしていて、

ごはんも良く食べ、まだまだ老い先長い余生を

娘である母に見てもらえるのは本当に幸せだと思う。


そして、お嫁さんであるおばさんに

オムツのお世話をさせるのは申し訳ないという母の思いと、

そんな祖母を娘である母にお願いしてしまって申し訳ない、

というおばさんの気持ちは、お互いに嘘がない。



気の強かった祖母の言葉に反発した母と、

その強い姑の言葉に何度も心を痛めたであろうおばさんが、

今、介護を通してつながっている。




おばさんは、

若い頃に失恋してごはんも喉を通らなかった母の兄を心配し、

今は亡き、おじいちゃんがお弁当を持って探し歩いて見つけてきたのだそう。

この話を聞いたとき、あまりにもおじいちゃんらしくて笑ってしまった。

母と兄であるおじさんは年が離れていたので、兄妹として一緒に何かをした記憶がない。


それでも、幼心に泣いている兄の姿とその落ち込み方は、良く覚えていて、

母はおばさんがお嫁さんに来てくれて本当に良かったと言った。

おじさんが振られた相手は、

どうやら他の男の人のオートバイの後ろに乗っていたらしいけど、

私はそんな人がおばさんにならなくて、本当に良かったと思った。



小さい頃、いとこの家に遊びに行ったときに、弟がおもらしをしてしまい、

それを私や従兄弟が面白がってからかった時に、おばさんは真剣に私たちを叱った。


そのあと、何事もなかったように、たくさんのおかずを作って、私たちに食べさせてくれた。


あれから、30年以上の年月か流れ、私も母になり、祖父が亡くなり、

大好きだった1つ年上の従兄弟も、すっかり太っておじさんになってしまったけれど、

おばさんは、あまり変わらない。


遊びに行くたびに相変わらず食べきれないほどのおかずを食卓に並べてくれる。


急いで作って、手に火傷したのも知っている。


いつも、控えめだけど、ちゃんと大事なときにちゃんと大切なことを言ってくれる。



おばさんの野菜を、わざわざ私たちに送ってくれるのは、


私がおばさんを大好きなことを、母も知っているからだ。




もうすぐ祖父の7回忌。


あの日、祖父の病室から見た虹が今でも忘れられない。


まるで、天女が雲に乗って舞い降りてきて、


お釈迦様を迎えにくるような、不思議な虹だった。


スコールのような激しい雨のあと、霧が一瞬だけ晴れた合間の美しい虹。


その虹を見たときに、もう、楽に逝かせてあげようと思った。

これ以上、泣くのもやめようと思った。




でも、それから2ヶ月の間、おじいちゃんは私との間に蜜月を作ってくれた。


最後は、ずっと一緒にいられて、看取ることができた。



優しかった祖父。


お弁当を持ってどんな思いでお嫁さんを探しに出たのだろう。


つくづく、あなたの周りにいる人たちは自分も含めて幸せだったと思う。


善き思いは人を救う。


そして自分をも。


すべては己次第なのだということを、私は祖父から教わった。


今、様々な場面で、その恩恵をしみじみと感じている。



命日には、おじいちゃんの写真に、


大好きなチョコレートとコーヒーをお供えして、一緒に頂こうと思う。
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by sprout_green | 2012-09-30 02:38 | Comments(0)